第三章:セルドラ
アルドロスと初めて交わった日の夜。
ミレイユは昼間の行為を思い出して顔を赤らめていた。
お腹の中には、まだアルドロスの子種が入ったまま。まるでついさっき交わったかのように、ミレイユの足の間には異物が挿入されているような感覚がする。
時折、思い出しては身体が熱くなり、股間がムズムズした。下腹部がキュンキュンと何度も収縮するのが分かる。あのとき、アルドロスの子種を欲しがって蜜壷が肉棒に絡みついたのを思い出し、ミレイユは顔をさらに赤らめた。そして子宮を突き上げるアルドロスの力強さは、紛れもなく雄そのものだった。
「んっ...ふっ...」
どうにも足の間がムズムズするので、手を伸ばして擦った。ミレイユはそれが自分を慰める行為だとは知らない。小さなツボミに手が当たり、ピクンッと身体を震わせる。
ミレイユは夢中になって自分を慰めた。昼間の獣のように求めてきたアルドロスを思い出しては、アルドロスがやったように蜜壷に指を入れて抜き差ししてみる。指がつりそうになるくらい何度も手を動かす。
「あっ...ふぅっ...んっくっ...」
ベッドに顔を埋め、銀色の髪を乱しながら慰めた。そんな時、急に尿意を催してミレイユはトイレに走った。だがトイレから出てもムズムズは収まらない。暗い廊下を歩き、ぼんやりした顔で部屋の扉を開けてベッドに潜り込んだ。
だが、ミレイユは勘違いをしていた。その部屋はミレイユの部屋ではなかったのだ。
すでにベッドに横になっていたセルドラは扉が開いたことに気付かなかった。そして、なにやらモゾモゾと柔らかい生き物が自分のベッドに入ってきたことに気付き身体を硬直させた。読んでいた本を取り落とし、隣を見ようとギギギと首を動かす。
銀色のウェーブがかった美しい髪が見えた。瞬間、血が急激に股間に集まるのを感じる。最近はミレイユを視界に入れただけで欲望が肥大化するため、なるべく時間をズラして会わないようにしていたのだ。こんなにも間近でミレイユを見るのはかなり久しぶりだった。恐らく最後に遊んで以来だろう。ミレイユを意識し始めてからは、セルドラにとって拷問のような日々だった。
この世界には発情期というものがある。年齢が9-10歳になると第一次発情期を迎え、それ以降は定期的に1ヶ月単位で発情期がやってくるようになるのだ。常に発情期状態になる男の子もおり、その場合は生活に支障をきたすこともあった。
やっかいなのは、発情期中は強烈な飢餓状態になり、好きな子がいれば強い意志を持ち続けない限り襲ってしまうのだ。
発情期にも個人差があり、セルドラの場合は短期間で発情期がくるようになってしまったため、常に発情期といっても過言ではなかった。それをアルドロスに相談すると似たような状況だと言われ、二人で真剣に話し合ったこともあった。
アルドロスはまだ良い。ミレイユの許嫁なのだから。戸籍上は兄妹である自分ではどう足掻いてもミレイユに手を出すことは出来なかった。早く大きくなって学生寮に入りこの家から出たい、それがセルドラの切実な願いだった。
「んっ...」
隣からミレイユのくぐもった声が聞こえてセルドラはビクリと身体を震わせる。じっとしていると、ミレイユがモゾモゾ動くのが分かった。ミレイユが傍にいるだけでも辛いのに、動かれるとシャンプーのいい香りや温かさが伝わってきて自分の欲望を抑えるために爪を突き立てるしかなかった。ぎゅっと血が滲みそうになるくらい腕に力を入れる。自分を抑えようと両腕で肩を抱きしめ、小さく丸まった。しかし...
「んっ...ふぅっ...はぁっ」
色っぽい喘ぎ声が聞こえてきてセルドラは呆然とした。見てはダメだ、と思いつつギギギと首を回してミレイユを見ると息を飲んだ。ミレイユはセルドラに背を向けていたが、銀色のウェーブがかった髪をシーツの上に広げて丸まっていた。布団が邪魔でなにをしているのか分からなかったが、喘ぎ声と揺れ動く身体からなにをしているのかは明確だった。
ドクンッと心臓が跳ね上がる。セルドラの瞳孔が縦長になり、緑の瞳が変化するのが分かった。こうなってしまっては発情した獣のように歯止めが効かなくなるのだ。セルドラは歯をギリギリきしませて無理やり押さえつけコントロールしようとした。
(ダメだ、早くミレイユから離れないと...、クソっ...!!)
口の中で自分に向けて罵倒する。セルドラの中に潜む、目覚めたばかりの雄の本能が解放しろと暴れ回っていた。
「あっ...はぁっ...んっ」
耳を塞ぎたいが、それも叶わない。全身の神経がすでにミレイユに向かって集中しているからだ。恐ろしいほどの飢餓がセルドラを襲う。本能が隣で発情している雌の腹に子を孕ませろと囁いてくる。
ミレイユは快楽の絶頂にいた。アルドロスがお腹の中でたっぷり子種を放出した瞬間を思い出し、身体を震わせて深くイった。全身を包み込む強烈な快楽に身を硬直させ、足をピンッと伸ばして快感を味わった。
絶頂の波が引き、ぐったり横たわる。疲れた身体は発熱したようにほんのり熱く、そのままウトウトと眠ろうとしたミレイユは、ふと隣に誰かがいることに気付いた。ビックリしすぎて声が出るかと思った。ミレイユはかあっと顔を赤らめると、恐る恐る誰だろう?と手を伸ばす。だが、その先には獣がいた。
触れた手をパシッと掴まれ、ミレイユはぎょっとする。暗闇に浮かぶ金色の瞳がこちらを見つめていた。縦長に伸びた黒い瞳孔が、昼間のアルドロスを思い出す。ミレイユはそれがセルドラだと気付くまで時間がかかった。
「ミレイユ...」
金色の瞳を瞬きもせず、細く息を吐くように名前を呼ばれてミレイユはハッとする。
「セ、セルドラ...?」
ミレイユが名前を呼んだとたん、セルドラはガバッと覆いかぶさって組み敷いた。ミレイユは先ほど達したばかりで身体に力が入らない。荒く息を吐き、じっと見つめてくるセルドラにミレイユは息を飲む。だが、いつまで経ってもセルドラはなにもしてこない。苦しそうに歯をかみ締め、唇から血を流すセルドラをミレイユは見上げた。
(苦しそう...)
まるで、自分を押さえつけて必死に抗っているように見える。もし、セルドラがアルドロスがしたような行為を我慢しているのなら。ミレイユは男の子の発情期のことを何も知らない。知らないが、セルドラがひどく辛そうにしているのを見て、今の状況がとてつもなく苦しいことなのは分かった。
「はあっ...」
セルドラは止めていた息を吐き、その反動を使って無理やりミレイユの上から退いた。背を向けてベッドに座ったセルドラをミレイユは身体を起こして見る。セルドラは、なにかゴソゴソしたかと思うと片手を動かして呻き声を出した。
「うっ...あっ...!」
なにをしているのかとこっそり後ろから見た瞬間、ミレイユはかーっと顔を赤らめた。
「あっ...くぅ...はっはっ」
セルドラは立ち上がった欲望の塊を手で擦って慰めていたのだ。何度か動かすうちに擦るスピードが上がり、セルドラがうっと身体を震わせたとたんびゅるるるっと白い精液が飛んだ。何度も吐き出されるそれを、ミレイユはぼうっと見つめる。お腹の下がムズムズするのを感じた。
何度出しても出し足りない。射精したばかりで震える肉棒を握り直し、また欲望を放出しようと自分を慰める。
その時、ミレイユが股間の前に座り、欲望の塊をじっと見つめていることに気付いた。ぎょっとしたセルドラは慌てて離れようとするが、ミレイユはあろう事か手を伸ばしてきたのだ。
セルドラは呆然とその手の行先を眺めた。ミレイユは恐る恐るではあるが、セルドラの熱い肉棒に触れたのだった。とたん、赤く腫れ上がったそれが跳ね上がる。
「な、にを…」
「こうすると気持ちがいいの?」
ミレイユはセルドラを見つめると、それをゆっくり手で包み込み上下にしごき始めた。瞬間、強烈な快感が電流のように腰に走り、セルドラは背を反らして呻いた。
「うあぁっ!」
ミレイユの柔らかい手が擦れる度に、強い快感がビリビリとセルドラを襲う。あまりの快楽に、肉棒がビクンビクンとミレイユの手の中で暴れる。ミレイユは気持ちよさそうに喘ぐセルドラを見上げながら、優しく丁寧に竿を撫でた。まじまじと男の子のあそこを見るのは初めてでドキドキしたが、昼間のことがあったせいかミレイユは積極的になっていた。
いつもムスッとしているセルドラが恍惚とした顔で天を仰いでいる姿を見て、ミレイユは足の間がおしっこを漏らしたように濡れていくのを感じた。もじもじと足をすり合わせる。
セルドラの肉棒はつるつるしていたが、とても熱く、骨が入っているかと思うくらい硬かった。竿の下にふたつ丸い袋がぶら下がっており、肉棒を上下にしごく度にキュッと持ち上がるのが見える。
(なんで男の子にはこんなものが付いてるんだろう? 柔らかそう...触ってみたい)
ミレイユはもう片方の手を伸ばして丸い袋に触ってみた。それは想像以上に柔らかくて気持がよかった。
「!?」
セルドラが驚いて目を見開く。肉棒と玉袋を同時に触られて、いままで感じたことの無いくらいの快感が走る。セルドラは声にならない悲鳴をあげた。
「っ...ぁっ…」
肉棒から透明な液体がトロトロと流れ、ミレイユの手を汚していく。強烈な快感と、己の汚いものを美しいミレイユが触っている姿にセルドラはとうとう耐えきれなくなった。
呻き声が上から放たれたのを感じ、ミレイユはセルドラを見上げた。
「ぐぅっ...ぁ」
手の中の肉棒がぐっと太くなったと思った瞬間、勢いよく白濁液が飛び出したのだった。
ビュッーびゅるるるっびゅくびゅくっ、ビュッビュッ
「きゃっ」
射精の度にビクンビクンと痙攣する肉棒から、子種を含んだ液体が噴水のようにあふれ出す。それはミレイユの服や顔にかかり、まるで天使が汚れていくように見えた。それを見た瞬間、セルドラの金色の瞳がさらに濃くなったことをミレイユは知らない。
琥珀色の瞳が欲望のままに、ミレイユを床の上に押し倒す。再び組み敷いたセルドラは、いままで我慢に我慢を重ねてきた欲望が外に溢れ出し、余裕が一切無くなっていた。
「ミレイユ...ミレイユ...」
うわ言のようにセルドラが呟くと、唇を寄せて口付けした。ミレイユは驚きながら、激しく口付けてくるセルドラを呆然と見つめる。セルドラは獣のような琥珀色の瞳を瞬きせずにじっとミレイユを見つめていた。ミレイユはごくりとどちらのものか分からない唾を飲み込んだ。
白くて薄いネグリジェをたくし上げられ、ミレイユは裸同然になった。赤いビロードの上に月の光を集めたような銀色の髪が広がる。我を忘れたようにセルドラは深く口付けすると、ミレイユの両足を持ち上げて開かせた。足の間に身体を入れ、灼熱の鉄棒を宛てがう。蜜壷からはすでにトロリとした甘い蜜がこぼれ出ており、セルドラはさらに瞳の色を濃くした。
ぐちゅりと粘つく水音が部屋に響く。ミレイユは圧倒的な異物感に身体を震わせた。グッグッとノックされ、セルドラの雄が奥深くまで挿入されたのを感じて思わずミレイユはキュッとちつ壁を収縮させる。
「ぐうっ...!!」
まるで獣のような呻き声がセルドラから放たれ、見上げると眉を寄せて苦しそうに身体を硬直させていた。セルドラの腰が震えているのが分かる。何度もグッグッと腰を押し付けられ、ミレイユはお腹の中になにか熱いものがじんわりと広がるのを感じた。
「あったかい...」
ミレイユが無意識につぶやく。セルドラは喘ぐように息を吸い込むと、黒い髪を乱して腰を前後に動かし始めた。グチュグチュ…と小さな水音がミレイユの耳に届く。それが肉同士のぶつかる音に変わり、パンパンッパンパンパンパンッとリズミカルになった。
「あっ、あっ! あっ、ひゃあっ、あぁっん!」
肉棒が蜜壷の最奥にある気持ちいい場所をノックする度、ミレイユは背を反らして喘いだ。ぐちゃぐちゃになる銀色の髪の合間から、銀色の瞳がセルドラを見上げる。ミレイユの変化した瞳に魅了されて、セルドラはさらに力強く突き上げた。全身を使って、いままで押さえつけていた欲望をぶつける。
この美しい娘に、己の子どもを孕ませたい。雄の本能をむき出しにして獣のごとくミレイユの身体を貪った。蜜壷はとても柔らかくて温かい。腰が溶けそうなほど気持ちいい。全身に絶頂を予感させる快楽が走り、セルドラは歯を食いしばってガツンと腰を押し付けた。
尿道を勢いよく精液の塊が駆け上がるのを感じ、セルドラは獣の喘ぎ声をあげる。
びゅるるるっ、びゅーびゅーっ、びゅるっ、ドクッドクッ…
ブルブルと身体を震わせながら大量の子種を注ぎ込むセルドラを、ミレイユは目を潤ませながらぼんやりと見上げた。セルドラは整った顔を歪ませ、長いまつ毛を伏せながら色っぽい息をつく。ふっと目を開き、黒髪の間から金色の瞳がミレイユを射止めた。ミレイユの心臓がドクンドクンと鼓動する。
「はぁ、はぁっ...ミレイユ...」
「セ、ルドラ...んっ」
ずるりと蜜壷から肉棒が引き抜かれ、ミレイユは少し仰け反って甘い声を発した。
「好きだ...ごめん」
謝ってくるセルドラがよく分からなくてミレイユは息継ぎをしながら首を傾げた。髪から汗が滴ってくるのを無視してセルドラはしばらく瞳を伏せると、まぶたを開けた。瞳が金色から元の緑色に戻っている。だが、縦長の瞳孔は相変わらず。この瞳の変化が一体なんなのかミレイユには分からなかったが、アルドロスもセルドラも、瞳の色が変わった瞬間に人格が変わった気がした。
「俺が...ミレイユを...」
言葉を吐き出すこと自体が苦しいのか、セルドラは苦悶の表情を浮かべていた。ミレイユを襲ったことをひどく後悔している雰囲気に、ミレイユは胸が痛くなった。だって、ミレイユにしてみればセルドラは自分のものにしたくてしたことなのだから。求めてくれたことが嬉しかった。
ミレイユはかすかに微笑むと、俯くセルドラの頬を撫でた。ハッと緑色の瞳がミレイユを見る。
「嫌じゃなかったよ。...私も、セルドラが好き」
ではアルドロスは?ミレイユは少し落ち込んだ。物語の中では、お姫様はひとりの王子様しか愛さなかった。赤髪と黒髪のふたりの王子様を愛するのは、間違っていること...?
翌日、ミレイユはセルドラの部屋から出てくるのをメイドに見られてしまった。落ち込んだようすのミレイユに、ベルナルディー伯爵とベアトリス夫人は互いに目を合わせる。セルドラのようすもおかしかった。メイドによると食事を食べようとせず、部屋に閉じこもっているらしいのだ。
ベルナルディー伯爵はセルドラの部屋へ、ベアトリス夫人はミレイユの部屋へそれぞれ訪れた。メイドたちからの報告で、ある程度のことは認識していた2人はそれでも穏やかな表情だった。
カーテンが閉められたままの、薄暗い部屋にミレイユは俯いていた。ベアトリス夫人が隣に座ると、ミレイユはチラリと夫人を見て顔を上げる。その日、初めてハッキリとミレイユの顔を見たベアトリス夫人はぎょっとした。ミレイユの瞳が変化していたからだ。色までは変わっていないが、瞳孔が変化している。涙を堪えながらミレイユは一通り話をした。アルドロスと交わったこと、そしてその夜、セルドラとも交わったことを。ベアトリス夫人は一日でふたりの少年と交わったと聞いて頭がクラクラした。
だが、その話を聞いてミレイユの瞳が変化したままなのも納得する。発情期になっていない状態で交わると、精神的にも肉体的にも不安定になってしまうのだという。
ベアトリス夫人は、発情期のことを教えてくれた。子どもは9-10歳ごろになると身体を成長させるために発情、つまり性的なことに目覚めるのだという。発情期になるといままで興味のなかったことにまで興味を抱くようになり、好きな男の子や女の子を見ると飢餓状態になるのだとか。
そのため、子どもは年頃になると自然と異性を避けるようになるらしい。ミレイユは元々この世界の子どもではないため発情期は来ないはず。そんな暗黙の了解もミレイユは知らなかった。ベアトリス夫人はミレイユが異世界人だとは知らないため、放っておけばお互い避け合うだろうと思っていた。
しかし、結局ミレイユはふたりの男の子と交わってしまった。
ミレイユは真剣に聞いていたが、どれも初めて聞くことばかりで驚いた。瞳の変化のことを尋ねると、ベアトリス夫人は微笑んだ。
「それはね、本当に好きな人しか知らない大切なものなの。"シネスティアの色"というのよ。交わるときにしか変化しない、特別な瞳の色なの」
「シネスティアの色?」
「そう。とてもロマンチックな現象なのよ。だって、好きな人しか見られない色なんだもの」
「ベアトリス様も旦那様も、色が変わるの?」
ベアトリス夫人は微笑んだ。ミレイユは男の子たちの変化した色を思い出した。アルドロスは焦げ茶から鮮やかな蒼に、セルドラは緑から濃い金色になっていた。
「ふたりとも、とっても綺麗な目だった...」
立てた膝に顔を寄せながらミレイユはつぶやく。変化した瞳に見つめられると、自然と身体に力が入らなくなり下腹部がムズムズした。思い出すだけでもじんわりと足の間が湿っていくのを感じるくらいに。
ベアトリス夫人はミレイユの頭を撫でた。サラサラの銀髪。ベアトリス夫人はミレイユのこの美しい髪が羨ましかった。
「さあ、お医者さまのところに行きましょ。普通は年頃の男の子ひとりと交わっただけでも身体が悲鳴をあげるものよ」
そう促されてミレイユは着替えると屋敷を出た。馬車の中でベアトリス夫人からつばの広い帽子を受け取ったので、不思議に思っていると「変化した瞳を隠すためよ」と言われたのだった。どうやら、変化した目はとても特別なもので、特に男の子は好きな女の子の変化した瞳を他の人に見られたくないと思うらしい。
アルドロスとセルドラが嫌がるなら、とミレイユは深々と帽子を被った。
しばらく馬車に揺られやってきたのは、多くの貴族が懇意にしている有名な医院だった。街中にはなく、少し外れた山の裾にある。自然に囲まれた医院はとても質素で、それでいてなぜかとても上品に見えた。医院に入ろうと入口に向かうと、入れ違いで出てきた貴族がいた。老年のご夫婦と、ミレイユと同じ歳くらいの男の子だった。するとベアトリス夫人とご夫婦は知り合いだったらしく、すこしだけ入口前で話し込んだ。
ミレイユはベアトリス夫人の隣でじっと大人しくしていたが、突然、帽子が誰かに取られたので驚いて悲鳴を上げそうになった。見ると、男の子が帽子のつばを持ってこちらを見ている。ミレイユはこんなにも無礼な子がいるのかとびっくりして目を丸くしたが、男の子もミレイユを見て驚いた。
男の子は、ミレイユよりすこし年上で、白に近い銀色の髪を三つ編みにしたとてもキレイな男の子だった。こんな状況じゃなかったら、天使だと思っているところだ。男の子は、ハシバミ色の瞳をめいいっぱい丸くさせて言葉を失ったようにミレイユを見ている。
ミレイユは変化した瞳を見られたことより、勝手に帽子を取られたことにショックを受けた。穏やかなミレイユにしては珍しく睨み付けると、男の子は気まずそうな表情で目を逸らした。
「こら! インセル、お嬢さんになにしているんだ」
彼らの孫なのか、インセルと呼ばれた男の子はムスッとした顔で帽子を返してくれた。ミレイユはせめて老夫婦に見られないように顔を俯かせ、受け取った帽子を深々と被り直す。
「さあ、謝りなさい」
「ごめん」
三つ編みにした白銀の髪を揺らしてインセルは頭を下げた。ベアトリス夫人は朗らかに笑っているが、明らかに顔が引きつっている。
「こんなところでお会いできて光栄でした。わたくしたちはこれで。ごきげんよう」
「ああ、ドウン伯爵によろしくと伝えてほしい」
ようやく医院に入れると息をついたミレイユだったが、去り際、インセルにミレイユの手首を掴まれ引き止められた。ミレイユが振り返ると、帽子のつばが邪魔でインセルの顔は見えなかったが、白いシャツと白銀色の三つ編みが見えた。
「お前、名前は」
「...ミレイユ」
別に名前を名乗る必要はなかったが、しつこそうだったのでミレイユはぶっきらぼうに伝えた。それより、ベアトリス夫人から年頃の男の子は危険だと教えてもらったばかりなのにもう会ってしまった。ミレイユは早く離れたくてぐいっと腕を引いたが、インセルは離してくれない。
「誰かに酷いことされたのか?」
「......?」
言葉の意味がよく分からなくてミレイユは黙ったままだった。それをどう受け取ったのか分からないが、インセルはパッと手を離すと老夫婦の元へ駆けて行ったのだった。
医院のお医者さんはとても優秀な人らしかった。診察室に呼ばれて椅子に座り、診察を受けるために帽子を取ったが、お医者さんは穏やかな表情のままだった。軽蔑されるのかなと少し不安だった気持ちがなくなっていき、ミレイユはほっと安心した。
「これはこれは、美しいお嬢さんだね。お名前は?」
「ミレイユです」
「ミレイユちゃん、まずはこの薬を飲もうか。それと、どこか痛いところはないかな?」
ミレイユは手渡された薬を飲む。アルドロスに飲まされた薬の味と同じだったので、これが避妊薬なのだとわかった。
ミレイユ首を横に振ってどこも痛くないと伝えた。お医者さんはふむ、とすこし思案すると、ミレイユに優しく語りかける。
「ここにはミレイユちゃんを軽蔑する人はいないよ。僕たちもこのことは神様に誓って絶対に人に言わない」
後ろにいる看護師さんもうなづくのがわかった。ベアトリス夫人も心配そうにミレイユを見つめている。
「だから、どこか痛いところがあったら遠慮なく言って欲しいんだ」
お医者さんが心から心配しているのが分かったが、実際のところミレイユは痛いところはなかった。最初、アルドロスとしたときは痛かったが、痛みもすぐに引いてセルドラとしたときは全く痛くなかったのだ。もしかすると、アルドロスが塗ってくれた傷薬のおかげかもしれない、とミレイユは思う。それを伝えると、お医者さんは驚いた顔をしていた。
詳しい事情はベアトリス夫人がすべて説明してくれた。
「そうか、発情期を迎えたばかりの男の子ふたりと...」
お医者さんは思案すると、ミレイユに同意をもらってベアトリス夫人と看護師を診察室から出した。
お医者さんとふたりっきりになったミレイユは、どうしたのだろうと首を傾げる。お医者さんはカルテを仕舞うと、ミレイユに紙とペンを渡した。
「これからちょっと質問をするね。答えをその紙に書いて欲しい」
ミレイユはコクリとうなづいた。
「最初の男の子と、何回したか覚えてる?」
質問の意味がよく分からなくてミレイユは聞き返した。
「では、男の子は何回くらい射精したか覚えてる?」
ミレイユは記憶を辿って指折り数えた。折れていく指の数を見て、お医者さんは一瞬しかめたがミレイユには見えなかった。
紙に回数を書くと、今度はセルドラの射精回数を訊ねてきた。それも紙に記入する。
「何時間くらい交わったか覚えてるかな?」
似たようなことをいくつか質問され、ミレイユは全て記入した紙をお医者さんに手渡した。お医者さんはそれを見てなにかを思案しているようだった。
ミレイユはふと、お医者さんには自分の身体のことを話しておこうと思い立ち、小さな唇を開いた。お医者さんは突然の話に信じられない顔をしていたが、ミレイユが刃物を貸してくれたら証明できると言っても貸してはくれなかった。結局、お医者さんはミレイユの身の上話を子どもの作り話だと思い信じてはくれなかったのだった。
その後、ベアトリス夫人と看護師を診察室に戻して、ミレイユの身体を診察してもらった。瞳はしばらくそのままかもしれないと言われた。瞳を元に戻しやすくする目薬と飲み薬を処方してもらう。あと、あそこが痛くなってきたら使ってと言われて傷薬も処方してくれたのだった。
医院からの帰り道、ベアトリス夫人がこれからしばらく別荘で暮らしましょうと言った。お医者さんはハッキリとは言わなかったが、瞳が元に戻るまではセルドラとアルドロスと離れたほうが良いらしい。
ミレイユは療養のため、伯爵家の別荘で暮らすことになったのだった。