第五話 天界
一方、天界では大群で襲い掛かってきた魔獣の処理に追われていた。それに加えてハーゼントがいなくなったことで大変な大騒ぎにもなっていた。妻である幸福の女神フローライトは笑顔をなくし、4人の子どもたちも父親が見つからず途方に暮れていたのだ。
フローライトが泣くと神々にも、そして人間界にも影響が出るためフローライトは泣かないよう気をつけていたが、心配と不安でいまにも心が張り裂けそうだった。
厳格と戒めの男神ジークが疲れた様子でフローライトの神殿を訪れた。何日も魔獣を狩り続けていたせいで、しばらくまともに寝れていないのだ。ようやく一息つけるまで退治できたため気になっていたフローライトの様子を見に来たのだった。
花の甘いかおりがする神殿からすぐに出てきたのは、息子のスノウだった。希望の男神であるスノウの顔もどこか暗く沈んでいる。ジークはそれを見て思わず顔を引きつらせた。
「希望神がそんな顔をするなよ。大丈夫だって、あいつはすぐ戻ってくるよ」
ジークが明るく言うと、スノウは唇をぐっと結んで顔を下に向ける。
「母さんの元気が全くないんです。心配で僕がずっと側にいますが、今度は僕まで暗くなっちゃって・・・」
ジークはぽんとスノウの肩に手を当てた。
「フローライトは大丈夫か?」
「泣いてはいませんが、だいぶきてます。父さんがこのまま見つからなかったらどうなるか分からないです」
「そうか・・・」
幸福の女神フローライトは、天界と人間界へ幸せを運ぶ役割をになっている。彼女が幸せであればあるほど、笑顔であればあるほど世界へ幸せが溢れていく。そのためフローライトが悲しむと世界にも悲しみが襲うとされていた。
「つくづく、父さんの存在の大きさを感じます。父さんが母さんの側にいるからこそ、母さんは幸せだったんです。あんな姿の母さんはもう見たくありません」
悲痛な表情を俯かせたスノウをジークはなんとも言えない顔で見た。スノウと別れてジークが神殿の奥へ入っていくと、広いベッドに横になっている女神がいた。黄金色の豪華な髪を持ったとても美しい女神である。多くの神々を魅了した女神が目も当てられないくらい落ち込んでいる姿を見て、ジークはひどく胸を痛めた。
「フローライト、俺だ」
はっと顔を上げたフローライトはジークを見て明らかにガッカリした顔をした。ジークは苦笑すると、フローライトの隣に座る。フローライトの顔にかかった髪をよけてやると、すこしやつれた顔をしていた。
「なにか食べたか?」
「なにも食べたくないの、ジーク。心配で、心配で・・・」
わっと顔を伏せるフローライト。ジークはぎょっとして顔を覗くと、フローライトは泣いてなかった。ただ、涙を堪えるように美しい唇を噛んでいる。
「フローライト、悲しいのは分かる。みんな必死に探してるんだ。フローライトが悲しむとみんな悲しくなる。気持ちは分かるが、こういう時こそ笑顔でいるんだ」
「ジーク・・・そうね。ありがとう」
フローライトはちょっとだけ口角を上げた。下手な笑顔だったが、幾分かマシになった顔にジークは笑いかける。
「ハーゼントが羨ましいよ。俺なんてイレーシアからいつも出てけとか言われるんだぜ?」
「ふふ、きっと照れてるのよ」
フローライトがそう笑うと、ジークはにっと笑った。ようやくフローライトの心からの笑顔が見れてジークは少しほっとした。
「ジーク、ありがとう。みんなに心配かけちゃって・・・」
「そういえば、俺以外に誰が訪ねてきたんだ?」
フローライトは指を折って数え始めた。
「メディア、リディール、カーステナ、キライア、ラティア・・・」
ジークは苦笑した。
「結構来てるな。みんな心配で仕方ないんだよ。天界じゃどこ行ってもこの話ばっかりで俺まで気が滅入りそうだ」
大袈裟に手を振るジークに、フローライトは申し訳なく思いつつクスクス笑う。そこに笑い声を聞きつけて来たスノウが、笑っている母親を見て目を見開いた。
「母さん! ようやく笑ってくれたんだね」
ほっとした表情になるスノウ。さっきより明るくなったスノウの顔を見て、ジークもにっと笑った。そして上を見上げる。
ハーゼント、一体どこへ行ったんだ? お前がいなくなって大変なことになってるんだぞ。お願いだから早く帰ってきてくれ。
ジークはハーゼントの姿を思い出し、心の中でため息をついたのだった。