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第七話 王アガレス

 その翌日。リデアスが自室の本棚を整理していると、訪問者があった。ノックされた扉を開けて驚く。王アガレスだったからだ。

 

「入るぞ」

 

 有無を言わさぬ物言いにリデアスは黙ってうなずくと、王アガレスを部屋に招き入れた。部屋は本で散らかっていたが、そのことに王はなにも言わずただ部屋を見渡した。

 

「お前の部屋に入るのは初めてだな」

「・・・はい」

 

 そもそも、王は自分の子どもにあまり積極的にかかわろうとしないことで有名だった。リデアス以外の子どもたちの部屋にも、ほとんど入ったことはないだろう。

 

「お忙しいのに、僕などの部屋へ来て大丈夫なのですか」

 

 ちょっと皮肉っていうと、王アガレスはふっと笑った。

 

「今日は謁見の予定も特にないんでな。安心しろ」

「さようですか」

 

 王アガレスはリデアスと向かい合うと、その鋭く黒い瞳を細めた。

 

「リデアス、お前は不思議な子どもだ。だからこそ俺はお前をずっと自分の子どもだと思えなかった」

 

 リデアスは黙って聞いていた。なぜそんなことをいまさら自分に言うのだろうか。王は続けた。

 

「いまもそれは変わらない。お前のその容姿のこともあるが、俺は、お前がただの人間ではないと薄々感じていた」

 

 リデアスは少し目を見開く。王アガレスは眉間にシワを寄せて険しい顔をした。その瞳には相手を威圧するような力強い光が宿っていた。

 

「先日の神獣の事件で、俺の勘は当たっていたのだと確信した。リデアス、お前は一体どこから来た? お前は人間ではないだろう。お前は、一体何者なのだ」

 

 そう迫られてリデアスは目を伏せた。やはり、一国の王。リデアスが只者ではないと感じ取っていたのか。てっきり浮気で出来た子だから避けられているのだと思っていたため、リデアスは王アガレスの考えに少し動揺した。

 

 リデアスは迷う。このまま真実を言うか、否か。だがいままで散々、人間たちをだましてきたのだ。少なからず罪悪感はある。しかし、神だと告げたところで王は信じるだろうか。しかも神は神でもリデアスが不幸神だと知ったら。

 

 そこまで考えてふっと笑う。自分にはなにひとつ失うものなどないではないか、と。オフィシナリス妃のことが心残りだが、早々に死ぬ予定の人生なのだ。殺されても構わないとリデアスは思う。

「王アガレスよ。私は神の生まれ変わりです」

 リデアスは真実を話すことにした。王は驚きに目を見開いたあといぶかしげに目を細める。

「立ったままなのもあれですから、あちらへ」

 リデアスがソファとテーブルを指さして、ふたりはお互い向き合うように座った。

 

「なぜ神がここにいるのだ。そもそも、なんの神だ」

 

 ハーゼントは自身が不幸神であることは隠した。だが、王アガレスの疑問はもっともである。リデアスは魔獣のことは伏せて一通りの経緯を話した。すると、王アガレスは苦虫を噛み潰したような顔をしたのだった。

「人間に生まれ変わり、死ねば天界へ戻れる? ふざけるな」

 王の怒りはもっともである。だがリデアスは淡々と語った。

 

「色んな方法を探してはみましたが、一番早く天界に帰る方法はそれしか考えられなかったのです」

「もっとやりようがあっただろう。ほかの神がお前を探しているとは思わないのか。それなら何かしら合図のようなものを送る手もあっただろう」

「・・・・・」

 

 確かに冷静になって考えてみれば、神々に向けて伝言や居場所を示す印を残すことが出来たかもしれない。だが、天界がいまどんな状況になっているか分からない以上、合図を送ったところでそれを神々が気付くのかは分からなかった。

 

 リデアスが黙っていると、王アガレスはため息をついた。長い長いため息だった。

「すぐに信じろというのは難しい。だが、本当ならば先日の神獣のことも俺が感じていた違和感も納得がいく・・・」

 額に手を当ててしばらく沈黙した王をリデアスは冷静な目で見つめる。ふっと王アガレスの鋭い瞳がリデアスを射抜いた。

「一体なんの神だ」

「・・・それは言えません」

 不幸神は人間たちにとって疫病神のような存在だろう。良い印象を持たれていないことは確かであるため、リデアスはうかつに口に出来なかった。幽閉されでもすれば―死ぬには好都合だが―オフィシナリス妃が悲しむのは分かり切っている。

「はあ、まあいい。・・・今後、俺はお前をどのように扱えばいい。まさか神だったとは・・・。今までの非礼を詫びれば許されるのか」

 リデアスは珍しいものを見る目で王を見た。ずっと傲慢で自分の意思を突き通してきた王アガレスが反省の意志を示しているのだ。例え王でも彼はただの人間。やはり神は恐ろしい存在だと思っているのだろうか。

 

「王は今まで通りなにも変わらず、私を空気のように扱ってくれれば良いです。急に態度を変えると周りが異変に気付きますから」

「・・・・空気、か。確かにそうだったな」

 自虐的な笑いが王アガレスの顔に浮かぶ。リデアスはなんとも言えない気持ちになった。

「私にとって、王がいままでしてきたことは都合がよかった。こう言えばあなたの心も軽くなるのではないですか?」

「・・・・なるほどな。ふっ」

「・・・・」

 王アガレスと王子リデアスは見つめ合った。

「王よ、ひとつお願いがあります」

「なんだ」

「母様に、月に一度で良いので顔を見せていただけないでしょうか」

 王アガレスは不可解そうに片眉を吊り上げた。

「オフィシナリスに罪がないことが分かった以上、そうするつもりだ。いまさら罪滅ぼしにはなりはしないだろうが」

「いえ、まだ間に合います。母様はいまでもあなたのことを愛していますから」

「・・・・」

 王アガレスは複雑な表情をした。今までの行いを思い出して、後ろめたい気持ちと後悔とがせめぎ合っているのだろうか。長い沈黙のあと、王アガレスは顔に影を落として悲痛な表情を浮かべた。

「俺は、間違ったことばかりしてきたのだな」

「・・・・」

 

 そこに、今までのような傲慢で我の強い王の姿はなかった。リデアスはなにも言わず、うなだれる王の姿を静かに見つめていたのだった。

​ つづく

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