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第一話 神になった少年

 とある世界に、ハーゼントという不幸な少年がいた。彼は産まれつき人々から忌み嫌われ、食べ物も寝床も与えられない貧しい暮らしを送っていた。なぜなら、その世界では黒いものを身にまとう者には不幸が訪れると言われており、当のハーゼントは黒髪に黒目を持って産まれたためだった。

 ハーゼントが産まれた世界もまた不安定で疫病と不幸が蔓延している暗い世界であった。母に捨てられ、見知らぬ人間たちから罵倒され虐げられる生活を送っていたハーゼントはとても不幸な子どもだった。
 しかし、そんな地獄のような生活を送っていたとき、ハーゼントは一人の不思議な男と出会う。彼は「スノウ」と名乗った。スノウいわく、彼は星々を旅する「星渡り」なのだという。

 とても小さく、狭い世界で生きていたハーゼントはスノウが語る星々の物語を聞き、世界は想像もつかないほど広いのだと理解する。そして、彼はその物語を通して幼いハーゼントに愛と希望を教えてくれたのだった。

 星々の物語のなかには、ハーゼントと同じくらい不幸な生い立ちの子がいた。だが、その子はなにごとにも諦めず勇敢な心と純粋な感情を持って生きていたため、ハーゼントはその子に自分を重ね、その子のように生きたいと思う。

 スノウと分かれたあと、ハーゼントはその物語の子どもを心の希望にしながら苦しく地獄のような世界でも心が折れることなく強く生きていけたのだった。しかし、そんなハーゼントを目障りに思っている者たちがいた。
 
 ある日、見上げるほど山積みにされたゴミ山で鉄くずを集めていたハーゼントは、気弱そうな男に助けを求められた。
 
「誤って下水道に母の形見を落としてしまったんだ。僕じゃ通れないけど身体の小さな君ならきっと中へ入れる。お願いだ、金をやるから・・・!」

 と涙を流す猫背気味の男を見て無害そうだと判断したハーゼントは、男に付いてその下水道へ向かった。しかし途中で人気のない路地裏に案内されていることに気付いたが時すでに遅く、気弱な男を押しのけるようにしてやってきた汚い大男たちに囲まれてしまった。

 だまされた・・・!

 それでも諦めず睨みつけるハーゼントを見て男たちは逆上した。ハーゼントは男たちのストレスの吐き口として何度も殴られ蹴られた。こういうことはよくあることだったため、ハーゼントは地面で丸くなりながら泣きもせずじっと耐えた。時間さえ経てば相手も手や足が痛くなってきて殴るのをやめるからだ。だが、うめき声や泣き声さえ上げない少年の姿を見てさらに男たちはイラついた。

 背中まで伸びたぼさぼさの黒髪を鷲掴みにされ、ぐっと顔を上げられる。大男は黄色いボロボロの歯を見せて下品な笑い声をあげた。

「お前、意外ときれいな顔をしてるじゃねえか」

 ハーゼントはぞっとした。大男がハーゼントの身にまとっているボロ布を引き裂くと下半身を露出させる。周囲で見ていた男たちも一気にその気になったようにはやし立てた。

「おら、じっとしてろ! お前なんて生きてる価値なんてねえんだからよ!」
「へっへ、本当だな、意外とキレイな顔してやがる。こんな色を纏ってなけりゃ、さぞいい男娼になれただろうなあ」
「ははは、違いねえ! おい早く替われよ!! あんまり汚すなよ!」
​​「最初から汚れてるからそりゃ無理だろ」
「ぎゃはは! 違いねえ!!」


 身体を何度も揺さぶられながらハーゼントは歯を食いしばった。しがみつくように必死になって地面に爪を立てるが、次第に指から温かさが消えていく。感覚が麻痺していくのを感じながらハーゼントは目を閉じる。苦しいときや、死ぬほど悔しいときはスノウが教えてくれた勇敢な少年の物語をいつも思い浮かべた。

「おい! お前たちそこでなにしてるんだ!」
 
 すると警備隊が駆け付けてきた。誰かが通報したのだろうか、とハーゼントはぼんやりと思う。最中を邪魔された男たちは怒って警備隊に殴り掛かり、乱闘騒ぎになった。全裸で縮こまっていたハーゼントはその時、大男に首根っこを掴まれて剣を振りかざした警備隊の前に突き出された。
 
 毎日のように殴られて痣の消えないハーゼントの身体に、冷たい剣が深々と刺さる。口から温かい血を吐き出しながらハーゼントは警備隊の顔を見つめた。だがその黒い瞳はもうすでになにも映してはいなかった。

 


 そんなころ、宇宙のかなたに新しい星が生まれた。その星を造った神々はその星を管理する者が欲しいと思い、新たな神を作ることにしたのだった。
 だが人間を作るのはまだしも神を作るのは容易ではない。星を造ったことで疲れていた神々は人間たちを集めて、その中から新たな神を生み出そうと考えた。

 そうして集められた魂の中に、ハーゼントはいた。神々は選ばれし神々のタマゴにそれぞれ「仮」の神としての名前と役割を与え、じっと観察しはじめる。
 
 ハーゼントは​「不幸の神」という名前を与えられた。その役割は、新しい星の人間たちに試練を与えるというものであった。

 肉体と名前を与えられたハーゼントは自分の容姿が変化していることに気付く。いままで黒かった髪が白くなっていたのだ。しかし、瞳は生前の名残として神々が残したのか黒いままであった。

 ハーゼントはひどく戸惑い、悩み苦しんだ。不幸がどれだけ辛く悲しいのかを知っているハーゼントは、それを人間たちに与えることに苦悩する。だが、神々はハーゼントにこう言った。

 “この役目は不幸を経験した者でなければならない。その苦しみを知っている者でなければ、人間たちに試練を与えることはできない”と。

 ハーゼントの役目は試練を与え、人間たちの成長を促すところにあった。神々に諭され、ようやく前を向こうと決意したハーゼントに神々は喜び、その仕事ぶりを見て褒美を与えた。

 ある日、ハーゼントが天界から人間界へ降りようとすると、目の前に光り輝く美しい少女が現れた。彼女は​名前をフローライトという、金髪のかわいらしい女神であった。突然、現れた女神のあまりの美しさにハーゼントは驚きのけぞった。危うく人間界へ通じる穴に滑り落ちそうになったため慌てて体制を整えようとすると、フローライトが手を伸ばして助けてくれたのだった。

 ハーゼントがお礼をいうと、優しくにこっと微笑んだあとフローライトは森の奥へ消えてしまった。彼女は一体なんの女神なのだろう。ハーゼントは少し気になったが、真面目な彼は仕事をするために静かに人間界へ降りたのだった。

 その後、ハーゼントはフローライトに会うことはなかったがしつこく絡んでくるジークという男神から“噂話”を聞くことはあった。ジークは非常に陽気な神で、暗く人を寄せ付けないオーラを放つハーゼントとは正反対の性格であった。

 大抵、ハーゼントが不幸の神だと知るとわざとらしく避ける神々が多いなか、ジークは全くお構いなしに絡んでくる変わった神だった。

 「よお、ハーゼント! 今日は誰かかわいい女神に出会ったか?」

 と、声をかけてくるのが彼の決まりだった。ハーゼントは女神に興味がないためいつも適当に答えていたのだが、フローライトと出会った日はついポロリと彼女のことを言ってしまった。それからというもの、ジークはフローライトの噂話を聞くと必ずハーゼントに報告してくるようになったのだった。

 ハーゼントとしてはほっといてくれという気持ちが大きかったが、黙っていてもジークが勝手にペラペラと話しかけてくるため嫌でも耳に入っていた。

 そのため、ハーゼントはフローライトがどういう女神なのかを知っている。だが、ハーゼントはフローライトとどうこうなりたいとは一切思っていなかった。なぜなら、フローライトは「幸福の女神」だったからだ。

 ハーゼントは「不幸の神」である。ただでさえほかの神々から距離を置かれる名前なのだ。自分と正反対の名前を持つ女神に近付こうなど、ハーゼントには出来なかった。

 「おい、諦めるなよ! せっかく気になるんだろ、彼女が誰かのものになってもいいのかよ?」

 ジークはそういっていつもハーゼントを応援してくれた。だが、ハーゼントは彼女が自分の隣にいる姿を想像することが出来なかった。「不幸」の名前を持つ自分のそばにいるよりも、ほかの男神の元にいるほうが幸せだと信じて疑わなかったのだ。

 そういうジークも少し前から気になっている女神がいるらしく、ハーゼントはいつもジークからその女神がどんなに美しいかを永遠と聞かされた。ジークはおちゃらけて見えるが実は「厳格と規律の神」である。ハーゼントはこんなにも役目と性格が合わない神はいないと常々思っている。

 余談だが、数多くいる神の中でも「モテる名前」があり、ジークの「厳格と規律の神」はその中でも人気がある方だった。しかし、当の本人がこんな性格なので女神からはしょっちゅうガッカリされるのだそうだ。ちなみにハーゼントのは言うまでもなく下の方である。

 ジークが気になっている女神もその内のひとりらしく、何度声をかけても無視されてしまっているそうだ。ハーゼントは振られる度に暗く沈むジークを励ましてやるのだが、ジークとその女神のやりとりは神々の中では定番のネタになっているらしかった。


 そんなある日、ハーゼントは中央にある宮殿へと呼ばれ赴いた。

 実はハーゼントを含めて神々に家はないが、例外が一人だけいる。それは神々を取りまとめる神の長「調停の神 ヴァレーリア」である。彼は神々のトップに君臨する神で、唯一この宮殿に住むことを許されている神だった。

 ハーゼントは煌びやかな宮殿の奥にあるヴァレーリアの調停の間に向かうと、そこに豪華な椅子に座った美しい男神がいたのだった。

 その神は金色に輝く髪を背中まで伸ばしており、金のサークレットを額にはめている。ハーゼントから見ても非常に美しい整った顔立ちの男神で、その姿は自信と威厳に満ちていた。

 ヴァレーリアはトップを任されているだけあって真面目で人当たりのいい優しい神だ。だがそう思っているのはどうやらハーゼントだけで、他の神々からは恐れられているらしい。陽気な性格のジークも、ヴァレーリアを目の前にすると緊張すると言っていた。

 そんなヴァレーリアはやってきたハーゼントを見てにっと口角を上げた。

 ふたりは調停の間の横にある小さな部屋に移動すると机を間に挟んで座った。どこからかお酒を取り出してふたりは静かに杯を交わし飲み始める。

 ハーゼントは誰にも言ったことはないが、たまにこうしてヴァレーリアとお酒を飲むことがあった。といってもハーゼントから誘うことはほとんどなく、月に1度くらいのペースでヴァレーリアからこうしてお誘いを受けるのだ。

 唯一の趣味といってもいいお酒が飲めるのはハーゼントにとって嬉しいことだったが、なぜ自分を誘うのかハーゼントは疑問だった。

​ ヴァレーリアが口を開いた。

 「なぜフローライトに近付かないんだ?」
 「なにを急に・・・・彼女が私の隣で幸せになると思うか」
 「不幸という自分の名前を気にしてるのか? バカな。お前の名前は本来の意味とは違う」

 どういうことだとハーゼントが問いかけると、ヴァレーリアは酒を飲みながら語り出した。

 「ハーゼント、お前も自分が不幸の神というより試練の神が正しいと思ったことはないか。人間に試練を与えるんだ、本当ならそちらが正しい。だから、あえて不幸の神と名乗らせているのには意味がある」

 ヴァレーリアは神の力を使って机の上に光の人形をいくつか作りだした。人形は形を変えてそれぞれ神の姿になった。ハーゼントもよく知る神々ばかりだった。

 「私たちは元は人間の魂だった。本当の神々が私たちを神の姿に変えたが、そうはいっても私たちは仮の神の姿。要はお試し期間というやつだ」
 「お試し期間?」
 「神には神たる素質が必要なのだろう。神になって浮かれているやつらが多いが、ここからさらに数が絞られると私は思っている。お前はその布石だ」
 「・・・・なんだかよく分からないな」

​ ハーゼントは首を傾げた。

 「不幸の神と聞いてほかの神がお前にどう接するのか、本当の神々はじっと見ているんだろう。だからこそ、あえて不幸の神と名乗らせていると私は思う」
 「・・・・・」

 ハーゼントは沈黙した。ヴァレーリアはハーゼントの杯に酒を注いでやった。机の上の人形はひとりを残して消えた。残ったその人形はフローライトの姿をしていた。

 「だから自分の名前を気にして遠慮するなと私は言いたかったんだ。フローライトは素直で優しい女神だ。気になるならうじうじしないで男らしくデートに誘ったらどうだ?」
 「・・・・・」

 ヴァレーリアにまで背中を押されたハーゼントは後日、森の中でたまたま出会ったフローライトを誘って一緒に人間界へ降りた。そして花が一面に咲き乱れている美しい丘に連れていき、共に過ごしたのだった。

 フローライトはあまり人間界に降りたことがなかったためその美しい場所をとても気に入ってくれた。ハーゼントは神界よりも人間界で過ごすことが多かったせいもあり、ほかにも美しい場所を知っていた。たまにフローライトを誘って連れていく内に、フローライトと仲良くなりふたりは恋人同士になったのだった。

 しばらくして結婚することになり、天界では盛大な式が執り行われた。祝うために集まってくれた神々を見てハーゼントはふと神の数が減っていることに気付く。

 見なくなった神々は一体どこへ行ったのだろうか。そんなことを考えていると頭にかつてヴァレーリアが言っていた言葉が浮かんできた。

 『神には神たる素質が必要なのだろう。ここからさらに数が絞られると私は思っている――』

 ハーゼントはあまり考えないようにした。考えるだけで恐ろしかったからだ。なぜヴァレーリアは自分にあんなことを話したのだろうか。

 ◇◆◇

 時は流れ、ハーゼントとフローライトの間に子どもが生まれた。神の出産はすこし特殊である。ふたりの神の力が合わさると白い卵が出現し、そこから6才くらいのそこそこ成長した子どもが生まれてくるのだ。

 卵から出て来た子どもは男の子で、希望の神スノウと名付けられた。その子を見たときハーゼントは非常に驚いた。

 なぜなら、前世の自分の姿にそっくりだったからだ。

 黒髪に黒い瞳、白い肌。ただしスノウのほうが優しい目をしている。フローライトが目を覗き込むと、その瞳には夜空のような星の煌めきが宿っていた。

 ハーゼントが生まれた報告をするためにスノウを連れてヴァレーリアに会いに行くと、ヴァレーリアはスノウをちらりと見て薄く笑った。

 「お前によく似ているな。その子はお前の分身だ。もっと言えば、お前がかつて心に持ち続けていた希望が形を取って現れたのだ」

 スノウはキラキラ光る瞳をパチパチと瞬かせた。本人はよくわかっていないようだが、ハーゼントはそれを聞いてかなり驚いていた。そしてヴァレーリアは言った。

 「お前が死ねばその子は生きていけないだろう」

 そしてヴァレーリアはスノウに目線を合わせると、微笑んだ。

 「お父さんを助けてやってくれるか?」
 「はい」

 スノウは素直にうなずいたのだった。

 そんなことがあったからなのか、スノウはハーゼントの仕事をよく手助けしてくれた。そして希望神の力なのか、人間たちの心に希望が芽生えたおかげで試練から脱落する人間が減ったのだった。
 
 その後、フローライトは夢の女神ルリと愛の女神アイラ、幸運の女神リーシャを生み、ハーゼントは4人の子どもの父親になった。

 フローライトとハーゼントは天界でも有名なおしどり夫婦であった。今でもふたりで出会った頃のように人間界へ降りてデートしている。人間たちもそんなふたりの仲睦まじい姿をこっそり微笑ましく見守っていた。

​ しかし、そんな平和は長くは続かなかった。

つづく

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