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『薬毒の魔女リーシェナ』

-後編-

 リーシェナが王都で店を出してから3年の月日が経った。

 相変わらずほのぼのとした日々が続いている。リーシェナはだいぶ喋れるようになったと胸を張って言うが、ルリシラからは呆れた口調でまだまだだと言われていた。

 そんなある日。増え続けている魔獣が大群をなして王都へ向かっているとルリシラから聞き、リーシェナは驚いた。占いでそう出たらしい。ルリシラは浮かない表情をしている。

「王都の3分の2が壊滅的な被害を受けるかも知れないぞ」

「……やばい?」

 ルリシラは神妙にうなずくと、すぐに城へ出向いた。この3年間でルリシラの占いとしての力は上層部の者にまで認められており、たまに貴族や王族から占いの依頼を受けるまでになっていた。

 しかし、ルリシラが目立つことで今度は敵が増えてしまった。王都の聖修院という組織に目を付けられたのだ。

 リーシェナたち魔女はこの聖修院が大嫌いだった。何故なら神に仕える身でありながら、魔獣と魔女が手を組んでいるという噂を流したのが聖修院だったからだ。

 彼ら神官の力では増え続ける魔獣を抑えることが出来なかったため、自分たちの権力が弱くなるのを恐れた上層部の者たちが魔女に冤罪を着せたのだ。

 それが迫害に繋がったので、リーシェナたちは聖修院を毛嫌いしている。そんな連中にもしルリシラが魔女だとバレればルリシラの身が危ない。その時は徹底的に戦ってやろうとリーシェナは密かに思っていた。


 とりあえず、今のうちに傷を治す薬草をたくさん育てておこう。それと、魔力回復薬も…。

 リーシェナは黙々と温室で作業を始めた。薬草に付きっきりになるため、お店をしばらく臨時休業にした。

 ちなみに常連のお客さんやかなり親しくなった人にはあらかじめ温室にいることは知らせてある。緊急の要件があればお店を開くつもりだったからだ。

 ルリシラによってもたらされた吉凶に、国王が真っ先に偵察の第一隊を放った。これにより魔獣の大群を発見し、直ちに王都も魔獣を迎え撃つ準備をしはじめたのだった。大群が到着するのは恐らく1-2ヶ月後だという。それまでに王都の住民を避難させ、軍の拡張と強化を行うらしい。


 リーシェナにも避難命令が出たが、医療支援に回りたいと志願したところ許可が下りた。3年間の薬問屋での実績が認められたらしい。

 魔獣の大群の存在を占い、見事的中させたルリシラは城から出られなくなっていた。未来がどう動いていくのか、それ如何で王都の命運が決まるため占い師の力は欠かせず、またルリシラの強力な力を聞きつけて他国に奪われる恐れがあったからだった。

 大群が王都へ到着するまでリーシェナは黙々と薬を作り続けた。1ヶ月後、大量に作った薬を騎士に頼んで城まで運んでもらう。

 今回は籠城戦になるため、怪我人は全てお城に集められることになっていた。なので、後方支援であるリーシェナは城から出ることはないだろう。


 
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 地響きと共にそれはやってきた。ナノはこれから何が起こるのか分かるのか数日前から影に隠れて出てこない。恐らくどこも地獄になるだろうとリーシェナは察していた。

 準備をしていると背後から騎士に声をかけられた。

「リーシェナ、なぜこんな所にいる?」

 振り返るといまや常連になったあの王都騎士だった。名前をオディオンという。

「後方支援…志願、した」

「……そうか。ありがとう」

 くしゃりと顔を歪めてリーシェナの頭を撫でてくる。彼はいまだにリーシェナのことを子どもだと思っているらしい。

 子どもの姿なのだから仕方ないのだが。

「オディオン…」

「心配するな、死にはしない。もし俺が怪我したらよろしくな」

 安心させるようにふっと微笑むと、オディオンは騎士たちの元へ戻って行った。リーシェナを見かけてわざわざ声をかけに来てくれたのだ。

 リーシェナは思わず追いかけた。銀の鎧の端を掴んで、驚いて振り向いたオディオンに護りのネックレスを押し付ける。

 さっき、オディオンが去っていく姿を見て、彼が二度と戻ってこない気がしたのだ。

「お護り…」

「…ありがとう」

 オディオンは受け取ってくれた。

 城の砦に登ったオディオンは高台から地面を覆い尽くすほどの大群を見て覚悟を決める。リーシェナのネックレスが、首元で光りを反射していた。



 戦がはじまった。城壁の外側から恐ろしい轟音が響き、救護室になっている城の大広間もビリビリと震えるほどだった。

「キューン…」

 リーシェナの影からナノの脅えた声がする。リーシェナは大丈夫よと声をかけた。

 ルリシラはいま一体どこにいるのだろう。

 リーシェナはそれが気になったが、どっと怪我人が運び込まれてきたため意識を切りかえた。

 救護室ではみんなそれぞれ役割が決められており、間仕切りはないが部屋も4つに分けられていた。軽傷者、重症者、助かる見込みの無い者、そして遺体安置場所だ。

 リーシェナは重症者の部屋に配属されており、神官たちのサポート役として立ち回ることになっていた。リーシェナは神官が大嫌いだが今回ばかりは彼らの治癒魔法が必要になるため私情を挟んでいられなかった。

「これは…」

「ひ、ひどい」

 故に地獄絵図になるのだが、長い時を生きてきたリーシェナでも魔獣にやられた人間を診るのはかなり心にくる。普通の傷とは違い、魔獣に付けられた傷は闇に身体を侵されるのだ。傷口からじわじわと黒い痣が侵食し、真っ黒になると壊死する。

 魔獣が忌み嫌われる理由のひとつである。

「魔法を展開! はやくしろ!」

「はい!」

 重傷者を1箇所に集めると神官の一声に合わせて魔法を唱えはじめる。リーシェナも一緒に唱えた。魔法は連唱することで威力が増すため、唱える人が多ければ多いほど効果が上がる。

「暗闇に光と奇跡を!」

 神官が叫ぶとぱあっと光が放たれ、重傷者たちに降り注がれた。すると魔獣にやられた傷口から黒い痣が消えていき、同時に傷口も塞がっていった。

「はあはあ…」

 みんな息を整えている。この魔法はかなりの魔力を使うためそう頻繁に唱えることが出来ない。しかし、ひっきりなしに怪我人が運び込まれてくるためみんな魔力回復薬を浴びるように飲みながら絶えず魔法を使うしかなかった。


「はあ…はあ…」

 昼頃になるとさすがにリーシェナも息が上がってきた。魔女は人間よりも魔力が多いとされているが、早朝からずっと魔法を使い続けているのだ。限界を迎えそうだったのでフラフラと持ち場を離れて魔力回復薬をもらいに行った。

「ひとつ…」

「はいよ! お疲れさん!」

食堂にいそうなおばちゃんから1本もらうと腰に手を当ててグビグビと飲み干す。

「私、私もうムリ…! こんなの耐えられない!」

「ナーシャしっかりするのよ! 外で戦ってる人たちはもっと悲惨なのよ、私たちがしっかりしなくちゃ…!」

 休憩室から少女たちの声が聞こえてきた。見ると、床に座って泣いている少女を別の少女が必死に励ましている。

 リーシェナはおもむろに2人に近付いていくと、泣いている少女の傍に座って頭を撫でた。

「うっうっ、もう人が死ぬのはいや…」

「……うん」

「ぐすっ、そんなのあたしだって…!」

「…そんなに、無理しなくて…いいんだよ。ふたりとも、頑張った…ね」

 リーシェナが寄り添うように言うと2人とも堰が切れたようにわあわあ泣き出したのだった。

「よしよし…」

 リーシェナはしばらくの間、少女たちを抱きしめていたのだった。




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 戦が始まってから半日が経とうとしていた。その頃、城壁の外ではあまりの大群に劣勢を強いられていた。いくらこちらが有利な籠城戦といえど、これでは一気に決着が着いてしまう。それほどまでに切羽詰まっていた。

「オディオン隊長! 南壁がもう…! 立っている者がほとんどいません!」

「くっ…!」

 南壁だけではない。城中をぐるりと囲まれて、もはやどこから崩れてもおかしくなかった。オディオンは悔しさにギリッと奥歯を食いしばる。しかし今回の戦いでオディオンは総指揮を任されていたためここで諦めるわけにはいかない。

「諦めるな! 予備隊から何人か南壁へ兵を送れ!」

 オディオンは城壁の内側に予備隊を待機させている。指揮を執る傍ら、人が足りなくなった場所へ兵を移動させて崩されないようバランスを取っていたのだが…。

「もうほとんど予備兵が残っていません!! このままでは城門を破られます! そうなればここはもう…!」

「くっ…! くそっ! もう、打つ手なしか…」

 怪我人も多いがそれを上回るほどに死者が多い。それに加え、軍の3分の1は徴兵した民間兵であった。戦力に不安があるのは最初から拭えなかったが、ここまで魔獣が強いとはオディオンも予想出来なかった。

 普通の魔獣でも1匹だけなら1人の騎士で倒せるが、今回の魔獣は普通ではなかった。オディオンは自分の考えの甘さを呪った。

 兵士たちをなぎ倒した魔獣の群勢が、どっと城門へ殺到する。兵士たちが頑丈に造られた扉を内側から必死に押さえるが、魔獣の勢いには勝てなかった。

「城門が突破されます!!」

「くそっ…!!」

 ダンっと勢いよく机を叩いた。城門が突破されれば王都は崩壊する。項垂れる隊長を見てほかの兵たちも死を覚悟した。

 もう、ダメだ…。

 これでおしまいなんだ…。

 兵士たちの手から剣が落ちていく。絶望が城を覆いつくそうとしていた。



 その瞬間、一筋の魔法がどこからともなく放たれ魔獣たちが一斉になぎ払われた。魔獣が断末魔を上げながら死んでいく。

「おい! あ、あれは…!?」

「天の助けだ…!!」

 ボロボロの兵士たちが見上げる先には、ひとりの美しい少年がいた。宙に浮いているその少年は手を前に出してなにかを唱えると、先程と同じ魔法がまた放たれ城門に群がる魔獣たちを一掃したのだった。


 
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 時を遡ること数分前。少女たちを抱きしめていたリーシェナは、ふと懐かしい気配を感じて顔を上げた。そして驚きに目を見開く。

「フィオ、リア…?」

 幻覚だろうか。目の前にフィオリアが立っている。連れて行かれたあの日よりもちょっと背が伸びて髪の毛も背中まである。

「リーシャ、会いたかった」

 フィオリアは天使のような微笑みをリーシェナに向けた。少女たちは急に現れた少年に驚き、その美しい容姿に頬を赤らめる。

「な、んで…?」

「それよりも、ここは危険だ。一緒に逃げよう」

 そう言ってフィオリアが差し伸べて来た手をリーシェナは思わず掴もうとしたが、途中でぐっと留めた。きょとんとするフィオリアに、リーシェナは言う。

「やることが…あるの」

「ここにいたら死んじゃうよ」

「どう、しても…」

「どうしても?」

「………」

 ぐっと唇を引き締めるリーシェナを見て、フィオリアは息を吐いた。

「分かったよ。でもここは危険だ。僕が食い止めるから、リーシャはここに結界を張っていて」

「………」

 食い止める…?

 だが魔族の彼ならそれが出来るかも知れない。

 リーシェナはこくんとうなずいた。

「いい、の?」

「リーシャが逃げないなら、僕ひとり逃げるわけにはいかないよ」

「あり、がとう…」


 行こうとするフィオリアに、リーシェナは思わず駆け寄って袖を掴んだ。

「リーシャ?」

「……っ、今まで、ごめんなさい」

 リーシェナは泣きそうな声でいままで胸の内にあった言葉を発した。


「どうして? 僕の方だよ、それを言うのは。話したいことがたくさんあるんだ。戦いが終わったら話そう?」

「………」

 リーシェナはこくんとうなずいた。フィオリアは微笑むと掻き消えるようにその場から姿を消したのだった。

「………」

 フィオリアが居なくなった空間をしばらく見つめていると、少女たちが恐る恐るやってきて、

「あの、さっきの人は…?」

「食い止めるって言っていたけれど…」

「……大丈夫」

 不安そうな少女たちにリーシェナは安心させるように微笑みかけると、また魔力回復薬をもらいにおばちゃんの元へ歩いていった。



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 時を戻してここは城壁の外。突然現れた少年に兵士たちは釘付けになった。兵士たちがザワついているのに気付いたオディオンは俯いていた顔を上げると、空に浮いている少年を見て目を見開いた。

「あれは…魔族か!? なぜこんな所に…?」

 オディオンは信じられない気持ちだった。人間を嫌う魔族が王都にいること自体ありえないことである。しかも、人間の味方をするだなんて…。

「だが有り難い!! 彼に合わせて攻撃しろ!!」

「はっ!!」

「弓兵の一斉射撃で一気に押し込め! 魔術師たちは5人1組で連唱魔法を放ち敵の戦力を削ぐんだ! とにかくここが正念場だ!!」

「弓矢、構え!! 放てえええっ!」


 少年の圧倒的な力に魔獣たちは為す術なく塵になっていく。そのようすを見た兵士たちは消えかけた希望の灯火が再び灯るのを感じた。一気に士気が上がった兵士たちはうおおおっと叫び声をあげながら魔獣に向かっていく。

 その勢いは炎のようであり、それまでバラけていた陣形もまとまった。劣勢を極めていた戦況を押し返し始めたのだった。

 同じ頃、城でも異変が起きていた。透明な結界が城を包み込むように展開され、守りが強化された。それはリーシェナの力だったが、その魔力に気付いたルリシラも協力して共に結界を張っていた。そのため通常では考えられないほどの魔力が結界に注ぎ込まれていた。

「これは…! 一体なにが起こっているのだ!?」

 王座から魔法で戦況を見ていた国王が叫び立ち上がった。だが、宰相も大臣も、誰もが説明できずにただ呆然と目の前の出来事を見ていることしかできなかった。




 月が満ちる夜に戦は休戦状態に入った。魔獣たちが引いて行ったのだ。半分は減らしたが、まだもう半分が残っている。対して王都の被害は甚大だった。

 怪我人のうめき声が響く暗い大広間でリーシェナはランプを手に誰かを待っていた。床に座り込みうつらうつらと船を漕いでいると、ふっと風が吹く。顔を上げたリーシェナの目の前には、少し疲れたようすの美しい少年が立っていたのだった。

「フィオ、リア…」

「隣いい?」

 こくんとうなずくと、フィオリアは嬉しそうにリーシェナの隣に座った。

「……近い」

 あまりにもピッタリと身体をくっ付けてくるため、リーシェナは戸惑った。当のフィオリアは気にした風もなくにこにこしている。

「ああ、疲れた。こんなに魔法を使ったのはじめてだよ」

「…これ」

 リーシェナが残していた魔力回復薬をあげるとフィオリアはそれを受け取って一気に飲み干した。

「うわっ、これすごい味…」

「……」

 リーシェナは足をもじもじさせていた。なにを話せばいいのか考えあぐねていたからだ。フィオリアはそんなリーシェナを見て少し考え込むとふっと目を伏せる。

「あの時、守れなくてごめん」

 リーシェナはパッと顔を上げた。フィオリアは床を見つめたままひどく苦しそうに言った。

「僕が弱かったから…。リーシャを傷付けた」

「………っ」

 それは、私も同じ。

 リーシェナは泣きそうになった。手を伸ばしてフィオリアの頬に触れる。

「私…っ、練習した、の。あなたと…話したくてっ」

 フィオリアの金色の瞳が見開かれる。とたんに泣きそうな顔でくしゃりと微笑むと、リーシェナの手に自分の手を重ねた。

「リーシャの声が聞けて嬉しい。僕、この3年間ずっと言いたかったことがあるんだ」

 不思議そうにするリーシェナに、フィオリアは顔を近づけて唇を合わせた。

「リーシェナ僕とつがいになって欲しい」

「………!!」

 リーシェナは息を呑んだ。魔族のつがいは永遠の誓いの証。死ぬまで一緒にいる約束の誓いだ。

「………」

 フィオリアのあどけない幼い顔を見つめる。

 まさかそんな風に想われていたなんて…。

 リーシェナも見た目はフィオリアと同じ子どもだが、生きてきた年数はリーシェナのほうが遥かに上だ。

 そもそも、フィオリアはリーシェナが魔女だと知っているのだろうか。

 リーシェナはあまりに驚きすぎてすぐに返事を返すことが出来なかった。


「リーシャ、僕はリーシャが好きだ。でも、人間は嫌い。僕はリーシャが望むから守るために戦うけど、人間なんて本当は僕にとっては死のうが生きようがどうでもいいんだよ」

 リーシェナはフィオリアの優しい笑みを見て思った。

 やっぱり、フィオリアは冷淡な魔族なのだ、と。

 彼はとても優しいから普通の魔族とは違うとおろかにも錯覚していたのだとリーシェナは気が付いた。

「フィオリア、聞い…て」

「うん、聞くよ。リーシャの声はずっと聞いていたいくらい心地いいから」

 恥ずかしげもなくさらりと言うフィオリアにリーシェナは顔を赤くしたが、決心して声に出した。

「私…魔女、なの」

 どんな反応が返ってくるか分からなかったのでリーシェナは恐る恐る顔を伺った。するとフィオリアはきょとんとした顔をして、

「え? 知ってるよ」

「え、」

 あまりにもあっけらかんとして言ったのでリーシェナは拍子抜けした。

 あれ、魔族は魔女も嫌いじゃなかったっけ?

「リーシャ?」

 首をこてんと傾げるフィオリアがあまりにかわいくてリーシェナはうっとなる。

「魔女、好き?」

「リーシャ以外はどうでもいいよ」

 満面の笑みで即答してくるフィオリアに、リーシェナはすこし顔を引き攣らせる。

「僕はリーシャが幸せならそれでいい。でも、君を傷付けようものなら王でも許さない」

 ごくっとリーシェナは唾を飲み込んだ。冷や汗が背中に流れる。

 魔族が王と呼ぶのはたった一人しかいない。魔族の王である。つまり、フィオリアはリーシェナのためなら魔族をも裏切ると言ったのだ。

「王が、生まれた…のね」

 リーシェナは話を変えようと思った。

「ん? ああ、リーシャも知ってたんだ。そうだよ。といっても決まったのはつい最近なんだけどね」

「えっ…」

「リーシェナに会いたくて会いたくて、継承戦が終わったらすぐに飛んできちゃった。これからずっと一緒にいれるからね」

 本当に嬉しそうにいうフィオリアに、リーシェナは頭の中で疑問に思いながらも肩の力を抜いた。

 フィオリアの手に触れる。

「…フィオリア…会いた…かった」

「…僕も」

 ふたりは微笑むと手を握って見つめ合った。もっと話したいことがあったが、深い闇と疲労がふたりを眠りの谷へと誘った。そして、互いにもたれ掛かるようにして眠るかわいらしい少女と少年を邪魔する者はどこにもいなかった。




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 「昨日の奮闘により敵の戦力は半減している!今日が最終決戦だと思え!」

「はっ!!」

「隊長!」

「なんだ?」

「あの例の少年は誰なのでしょうか?」

 兵士たちが注目する。それはオディオンも知りたいことだったが、普通の兵士たちは魔族の知識がないため、オディオンや上層部だけが少年が魔族ということを知っていた。

「それが私にも分からないのだ。だがいずれは分かることだ。彼に負けぬよう我々も騎士としてのプライドをかけて戦い抜くぞ!」

「はっ!!」


 兵士たちは今日もあの少年が参戦するのかどうかが気がかりだった。だが、それを知るものはここにはいない。



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 「リーシャは今日も結界を張ってて」

 翌朝、目覚めるとフィオリアはそう言って立ち上がった。

「…わかっ、た。…でも、勝てる…かな?」

 大広間に並べられている怪我人や死人の多さにリーシェナは危機感を募らせた。フィオリアもちらっと大広間のようすを見ると、

「このままだと負けるだろうね」

と冷静に言ったのだった。

「………」

 リーシェナは王都での生活が気に入っていたため、ここを魔獣に滅されるのはイヤだった。

 昨日はフィオリアに甘えてしまったが、こうなったら私も戦場に出ようか…。攻撃魔法は苦手だけど、サポートくらいは出来るだろう。

「…もしかして戦おうとしてる?」

 決意が顔に出たらしく、フィオリアに指摘されてしまった。こくんとうなずくリーシェナに、フィオリアはしょうがないなあという顔になる。

「リーシャはここにいて、僕が行くよ。大丈夫だよ守るから」

「……っ」

 魔女よりも魔族のほうが攻撃魔法に長けているため、フィオリアが戦ってくれるのは本当にありがたい。だが、同時にこれ以上巻き込んでしまっていいのかという気持ちになる。

 悶々とそう思っているとフィオリアは掻き消えるようにすぐに居なくなった。魔法で戦場に転移したのだろう。

「………」

 とりあえずいまは自分の出来ることをしないと。あとでフィオリアには謝っておこう・・・。

 

 リーシェナは自分の頬をパチっと叩いて気持ちを入れ替えると結界を張るために集中しだした。

  

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「うあああっ!」

 魔獣の非情な攻撃に残った兵士たちがやられていく。オディオンは怒号を上げて指揮していた。

「隊長! 西壁がいまにも落ちそうです!」

「ひ、東から巨体の魔獣が迫ってきています! 数は5体!」

「北壁の兵を西に回せ! 巨体のやつなんて昨日はいなかったぞ!? どうなってんだ!!」

 あわてて東窓を見ると、遠くに巨大な魔獣のシルエットが確認できた。

 くっ、それだけ魔獣も本気だということか…!

 オディオンは冷や汗を流した。

「魔術師たちに攻撃させろ! 巨体に魔法が効かなければ打つ手がないぞ!」

「隊長、あの少年はいつ来るんですか!?」

「知るか! とにかく持ちこたえろ!!」


 そのころ、城のてっぺんから戦況を見ていたフィオリアは魔獣たちが合体して巨大な魔獣を生み出していることに気が付いた。

「へえー、あいつらってあんなことも出来るんだ」

 フィオリアは興味深げに身を乗り出す。

「面白いなあ」

 すると、巨体の魔獣を目掛けて城壁から魔法が放たれた。命中したが巨体はそこまでダメージを受けてないように見える。

「あんな魔法じゃダメだ」

 それは攻撃した魔術師たちも痛感していた。

「5人1組になって連唱するんだ!」

 魔術師たちを指揮している男性、ノヴァーラが叫ぶ。

「ラウラ・ウィート(光よ飛んでいけ)!」

 それぞれ一塊になり連唱する。より大きな魔力が込められ、魔法が放たれた。

「ギャオオオオ!」

「くっ…! ここまでやってようやく1体か…」

 何体かに当たったが、倒れたのはたった1体だけであった。ノヴァーラは息も絶え絶えの魔術師たちを見る。連唱魔法は強力な反面、魔力を多く必要とするが、あの巨大な魔獣を倒せるのは自分たち魔術師だけだとノヴァーラはわかっていた。

「魔力回復薬を飲め! あと4体を私たちだけで倒すんだ!」

「はいっ!」

 しかしその瞬間、怒り狂った魔獣たちが次々に合体し10体以上もの巨大な魔獣が生まれたのだった。その異様な光景に絶望の色を浮かべた魔術師たちは膝をついた。ノヴァーラも言葉を失う。

 オディオンもまた敗北という文字が頭から離れなくなった。

「なんだ…あれは…!」

「隊長! 西壁の兵士たちが押されています! どうか指示を!!」

「魔術師長ノヴァーラが指示を求めています!」

「くっ、お前たち俺の警護はいい! 西壁へ行ってくれ! あんなの戦略でどうこうなるレベルじゃないのはノヴァーラも分かっているだろうが!!」

 ダンっと机を叩くオディオンに、伝令の兵士たちはビクッと震えた。指揮部屋の兵士たちがほとんど西壁へ行き、ひとりになったオディオンは少し冷静になろうと息を吐いた。

「あの少年はまだか…! いや、魔族の少年に頼っているようではダメだ。生き残れるわけが無い…!! ではどうするのだ…」

 悔しさと己の無力さを滲ませながら、それでもオディオンは考えを巡らせた。



 その頃、フィオリアは魔獣を観察し続けていた。そもそも、魔獣は群れる生き物ではない。今回の大群は非常に珍しい現象であり、さらに合体するなどフィオリアも聞いたことが無かった。

 考えられるのは、魔獣たちが知恵を付けてきているか、もしくは背後に魔獣を操っている者がいるかのどちらかだろう。もしくはその両方か。

「まあ前者かな。後者はそもそも魔獣を操れるなんて聞いたことがないし、いたとしてもこれだけの数を同時に操るのは無理だ」

 そう結論づけたフィオリアは城の屋根から立ち上がると、魔法で戦場の真上に瞬間移動した。ぱっと現れたフィオリアに魔獣がいち早く気付く。

「ディテウス(破滅)」

 フィオリアは巨大な魔獣の群れに向かって魔法を放った。それは大きな魔力のうねりとなり周囲にいた魔獣を巻き込みながら巨大な魔獣は弾け飛んだのだった。たった一撃で10体以上いた巨大な魔獣が半分まで減っていた。

「グルオオオオオオ!!」

「デノン(絶望)」

 怒り狂う魔獣たちへフィオリアは絶えず魔法を打ち続ける。フィオリアがかけた魔法が魔獣の視界を奪い、目の前が真っ暗になって錯乱した魔獣たちが暴れて同士討ちをはじめた。敵の視界を奪い、かつ混乱させる闇の魔法である。

「デオキオス(深淵)」

 次の瞬間、魔獣の足元の地面が真っ黒に染まり、そこから5m以上の鋭いトゲが無数に突き上がって大量の魔獣を串刺しにした。

「ギャオオオオ!」

 

 


「な、なんだあれは…!?」

 オディオンは自分の目が信じられなかった。見るからに強力な魔法で魔獣たちが殺されていく。昨日も一方的だったが、それ以上に今日は容赦ない気がした。

「隊長! 大群の上に昨日の少年らしき人物がいます!」

 慌てて駆け込んできた兵士たちの目が輝いていた。

「ああ、私も見ている!」

「彼は私たちの救世主なのでしょうか…!」

 涙を拭う兵士までいる。魔獣の知識がない兵士たちは知る由もないが、あの少年が魔族であることを知っているオディオンは彼が本当に自分たちの味方なのか図りかねていた。

「オディオン!! あの者は一体なんだ!?」

 すると、魔術師ノヴァーラが持ち場を離れて駆け込んできたのだった。かなり急いでやってきたのだろう、肩で息をしてふらつく身体を兵士に支えてもらっている。

「私にも分からない」

 少し回復したのか、ノヴァーラはつかつかとオディオンに歩み寄ると耳元でささやいた。

「あれは魔族ではないのか!? なぜ昨日今日と我々に味方する!」

 さすがに魔術師長を任されるだけあって魔族の知識があるらしい。ノヴァーラを落ち着かせようと肩に手をやるが、払いのけられてしまった。

「私の質問に答えろ!」

「激高するな! ノヴァーラ。私もそれが分かれば悩む必要はない! いまは彼が救世主だと祈るしかないだろう」

「救世主だと!? はっ、あの冷酷な魔族がか? そうでなくても、仮にあの子どもが怪我でもしてみろ! 今度こそ王都は消し炭になるぞ!」

「遅かれ早かれそうなっていた! 彼が来てくれなかったら私たちは魔獣に勝っていたか!?」

「くっ…!!」

「絶対にあの少年の邪魔をするなと魔術師たちに伝えろ。間違えても攻撃するな、とな」

「……っ!! そんなことは分かっている!」

 ノヴァーラは怒りを滲ませて叫ぶと、バンっと扉を乱暴に閉めて出ていった。

「隊長、大丈夫ですか?」

 一部始終を見ていた伝令係の兵士が恐る恐る声をかける。

「ああ。だからこんな指揮官などやりたくなかったんだ…」

 ボソッとつぶやかれたオディオンの言葉に兵士は苦笑いするしかなかった。


 



 「デライ(奈落)。あー疲れてきた」

 朝から昼までずっと連発して魔法を打っていたフィオリアだったが、さすがに魔力が枯渇してきた。それも無理はない。一発一発の魔法が桁違いに強力な魔法だからだ。むしろよくここまで連発できたとフィオリアは自分を褒めたい気持ちだった。


「ちょっと休憩しよう」

 フィオリアが攻撃していた一帯は魔獣の死骸の海になっている。ちらりと城壁を見ると、だいぶ数が減ったおかげか人間たちも奮闘していた。

 フィオリアはぱっと魔法で瞬間移動すると、城壁の中にある魔術師の部屋に現れたのだった。突然現れたフィオリアに魔術師たちはぎょっと後ずさりする。

 それもそうだ、先程まで戦場で強力な魔法をぶっぱなしていた正体不明の少年が急に現れたのだから。

 フィオリアは魔術師たちに目もくれず、部屋の後方に山積みになっていた魔力回復薬に近付くと手に取ってごくごく飲みまくった。床にカランカランと空になった薬瓶が何本も転がる。

「あ、あのー…」

 フィオリアが何本目かを開けていると、魔術師のひとりが恐る恐る声をかけてきた。

「あの、あなたは何者なんですか?」

 ほかの魔術師も固唾を飲んで見守っている。フィオリアは面倒臭いなと思った。ここへは魔力を回復するためだけに来ているだけでぶっちゃけ人間に用はない。

 魔術師のうちのひとりがフィオリアの尖った耳と金色の瞳を見て息を呑んだ。魔族だと気付いたのだろう。


「あなたは味方なのですか?」

「いまのところはね」

 そう答えると魔術師たちは安堵の表情を浮かべた。フィオリアはもう人間とお喋りをする気はなかったのでそれ以上は答えなかった。

 だが、山積みだった魔力回復薬の半分を飲み干した辺りで部屋の外がバタバタと騒がしくなったのだった。

 バンっと扉を開けて入ってきたのは魔術師長ノヴァーラだった。ノヴァーラはフィオリアに目を向けると驚きで言葉を失った。

「なっ…!!」

 なぜここにこいつが…!?

 わなわなと口を震わせている男をフィオリアは面倒臭そうに一瞥したあとすぐに瞬間移動で姿を消したのだった。さらに面倒臭そうな男がやってきたのでさっさと逃げたのだ。

「人間って面倒臭いな…」

 城の屋根に移動したフィオリアはぼそっとつぶやいた。

 リーシェナはよく人間たちと一緒に暮らせるなあと思う。この戦いが終わったらリーシェナと共に王都で暮らすのかと思うと、いまからゲンナリしてくる。

「まあ、仕方ないか…。本当はあの森で暮らしたかったけど」

 フィオリアはきゅっと唇をきつく結んだ。リーシェナのあの小さな家は魔族の仲間のせいで吹き飛んでしまった。そのことにフィオリアは激しい罪悪感を覚えていた。

「………」

 自由の身になったフィオリアが真っ先に向かったのはリーシェナの森だった。だが、そこにあったのは半分吹き飛びボロボロになった小屋と温室だけ。会いたくてたまらなかったリーシェナもナノもそこにはいなかった。

 あの時は心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 フィオリアはその時のことを思い出して顔を伏せた。だが気持ちを切り替えると顔を上げて魔獣の群れを見つめる。

 いまはこっちに集中しないと。

 先程の補給でだいぶ魔力が戻ったフィオリアは再び戦場に移動したのだった。




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 魔獣と兵士たちの激しいぶつかり合いが城の中まで響いてきていた。それに加え、フィオリアの強力な魔法が衝撃と共に何度も城を震わせている。

 ガタガタと揺れる城の中で、リーシェナは集中力を切らさず城の周りに結界を張っていた。

 そんな中、次々に運び込まれてくる怪我人を見てリーシェナは心を痛める。

 もっと…城壁まで結界を広げたい。そうすればもっと守れるのに。

 リーシェナは決意すると魔力の限界まで結界を広げた。昨日に引き続き結界を手伝っていたルリシラは真っ先にそれに気付いて驚愕する。

「ダメだ! そんなところまで広げたら…! お主の魔力が持たないぞ!」

 ルリシラはなんとか止めさせようと魔法を使おうとするが、小さな部屋に始終閉じ込められており、それに加えて護衛が常に側にいるためおいそれと魔法を使うことは出来なかった。

「くっ…!」

 ここで私が魔法を使って少しでも魔女の疑いを持たれたら…。私の願望が終わってしまう…!!

 だが、このままではリーシェナは自滅してしまうだろう。魔法にはいくつか犯してはならない禁忌があり、そのうちの一つに保有している魔力以上の魔法を使ってはならないというものがあった。なぜならその代償が身体に跳ね返ってくるため大抵は自滅し、死んでしまうとされていたからだ。

「ええい! こうするしかない…!」

 ルリシラは洗面所に向かうと護衛にバレないようにトイレの個室で魔法を使った。

「シャウラ・ウィート(鳥よ飛んでいけ)!」

 魔法で作り上げた小鳥をトイレの窓へ放つ。小鳥は目にも止まらぬスピードでリーシェナの元へ向かって飛んで行った。

「これで小鳥がリーシェナに触れればあの子は気絶するはず」

  リーシェナはぼんやりしているように見えて意外と頑固なところがある。なにを考えてそんなことをしてるか知らないが、注意したところで止めるとは思えないので多少は手荒なことをする必要があった。


 ルリシラは間に合いますようにと祈るように目を瞑った。
 



 異変に気付いたのはルリシラだけではなかった。城壁にいた魔術師たちと魔術師長のノヴァーラ、総指揮管のオディオン、そしてフィオリアがそのことに早く気付いたのだった。

 フィオリアはすぐに瞬間移動でリーシェナの元へ移動した。

「リーシャ!!」

「……! フィオ、リア?」

「リーシャ! やめるんだ!」

 突然目の前に現れたフィオリアの叫びに、リーシェナはハッと我に返った。あわてて結界の大きさを元に戻す。それを感じてフィオリアはほっと安堵の表情を浮かべた。

「リーシャ、一体なぜそんなことをしたの?」

「……っ、人を…助けたくて」

 自分の魔力以上の魔法を使うことは禁止されている。そのことはリーシェナも知っていたが、つい守り切れないものにまで手を伸ばしてしまったのだ。

 フィオリアは顔をしかめると、とたんにリーシェナに向かって高速で飛んできた小鳥をパッと掴んで握りつぶした。

「……!?」

 その魔力の残骸にルリシラの魔力を感じてリーシェナは驚く。

 もしかして自分を止めようとしてくれた…? 

 

 ルリシラが結界のサポートをしてくれていたことをリーシェナは感じ取っていたため、きっとルリシラもいち早く気付いて私を止めようとしてくれたのだろうと思う。

「気に入らないな。こいつ、リーシャを攻撃してきた」

 

 底冷えするようなフィオリアの声にリーシェナはすぐ口を開いた。

「ルリシラ…。私の、友達なの…」

「友達?」

 フィオリアは眉をひそめる。

「たぶん、私を、…止めようと…」

「……分かったよ。でも、リーシャはさっきみたいに絶対に無理しないでよ?」

 フィオリアの怒気迫る物言いにリーシェナはこくこくと何度もうなずいた。

 彼が居なくなったあとリーシェナはまた結界に集中しはじめたのだった。


 


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 「グオオオオオオ!!」

「か、勝った…。勝ったぞおおおおっ!!」

 夕方にさしかかったころ、最後の一匹が倒されて、魔獣の大群はみごと全滅した。生き残った兵士たちは歓喜で震え、命があることに涙を流して感謝していた。城で治療を受けていた兵士たちも、勝ったことを知って声にならない雄叫びを上げたのだった。

「勝っ、た…?」

 リーシェナはポカンとなったが、とたんに嬉しさが込み上げてきて涙が出そうになった。

 フィオリアはどこだろう…?

 城を出てそびえ立つ城壁を見上げる。キョロキョロしていると、

「リーシャ」

 フィオリアの声がしてリーシェナは振り返った。ふわっと隣に降り立った少年にリーシェナは目が離せなくなる。

「フィオ、リア…!」

 リーシェナはフィオリアが無事なのが嬉しくてフィオリアにぎゅっと抱きついた。

「ありがとう…! あり、がとう…!」

「リーシャ…」

 顔を上げるとフィオリアは優しく微笑んでいた。

「リーシャに、いっぱい話したいことがあるんだ」

「私も…」

 フィオリアはリーシェナを連れて瞬間移動すると、ふたりは見慣れた場所に立っていた。

 そこは、リーシェナが長年いた針葉樹の森。驚いたリーシェナは後ろを振り返ってさらに目を見開いた。

「小屋が…!」

 半分吹き飛んだ小屋と温室が元に戻っていたのだ。リーシェナは驚きすぎて思わず叫んでいた。

「直したんだ。僕が壊しちゃったようなものだから…」

 フィオリアは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 リーシェナはそんなフィオリアの手を掴むと無言で微笑んだ。

 

 ふたりで一緒に小屋へ入っていく。完璧に元通りになっていることにリーシェナはとても驚いた。3年前にここで暮していたことがとても懐かしく感じる。

「フィオ、リア…ありがとう」

 ふたりで一通り部屋を見たあとリーシェナはいった。フィオリアを連れて行かれ、小屋も温室もすべてなくしてしまったあの日のことを思い出す。だが、あれはもう過去のことなのだ。

 リーシェナとフィオリアは小さなテーブルに座ると、少しの間見つめ合った。そして、フィオリアは自らのことを語り出した。


「……僕がここへたどり着いたあの日、僕は魔族の一派に追われていたんだ」

「…?」

「リーシャには知っていてほしい。僕たちの王が亡くなった数週間後、王位継承者は2人に絞られた。それがジルヴェールと僕だった」

 リーシェナはひどく驚いた。死王が亡くなったとルリシラから聞いていたが、まさかフィオリアが次期王候補に選ばれていたなんて。

「魔族は当然、真っ二つに別れたよ。そのうちジルヴェール派だった魔族が僕を捕らえて地下に幽閉しようと計画を立てた。それで、僕を支持してくれた仲間たちの提案でしばらく遠くへ逃げることになったんだ」

「……」

「でも逃げている途中でジルヴェール派に見つかって、なんとかここまで逃げてきた。あまりに寒かったから、なにかの建物に入ったらそこが温室で、それでリーシャに助けてもらったんだよ」

 フィオリアは微笑んだ。リーシェナは壮絶なフィオリアの過去に息をのむ。

「そう・・・だったの」

「うん。いままでずっと本当のことが言えなくてごめんね。言えばリーシャは無関係じゃなくなるから、どうしても言えなかった」

 リーシェナは理解してコクンとうなずいた。

 

 排他的な魔族は自分たちのことを滅多に語ろうとはしない。フィオリアがここまで踏み込んだことを話してくれたことは、素直にリーシェナにとって嬉しいことだった。

「僕は、リーシャにどうして温室に倒れていたのか、なぜ一人でこんな森の奥にいるのか訊かれるんじゃないかとビクビクしていた。けれど、リーシャは言葉が上手く言えないようだった。僕はほっとしたよ。そしてそれにずっと甘えていたんだ」

「………」

 納得した。フィオリアがなぜリーシェナの口がきけない理由を訊ねてこなかったのか疑問に思っていたからだ。

「そして、仲間が僕を連れ戻しにきた日。僕はシュトガレオンの山脈に戻ってジルヴェールと決着をつけようと思った。それで、その決着がついたから僕は自由になれたんだ」

「決着…?」

 フィオリアはにこっと笑った。

「僕は王位継承権を放棄した」

「………!」

 リーシェナは目が飛び出でるかと思った。

「だって、王になったらリーシャと一緒になれないし、シュトガレオンの山脈から出ることも出来なくなるんだよ? まあ、放棄したあと色いろ片付けることがあったからこんなにも時間がかかっちゃったけれどね」

「………」

 それだけ、フィオリアは真剣だったということなのだろう。王の座を捨ててまで得たいものがあったのだ。そう考えるとリーシェナは少し顔が赤くなった。


「それとね、僕。もうひとつ隠してたことがあるんだ」

「………?」

「実は隠れるために髪の毛の色を変えてたんだ」

 そう言ってフィオリアは短い魔法を唱えた。すると真っ黒だった長い髪が次第に真っ白になっていきリーシェナはぎょっとする。

 そ、その色は…。

 この世界で有名だった死王は髪の毛が真っ白で非常に美しい容姿をしている、とリーシェナも聞いたことがあった。魔族は黒髪が圧倒的に多いため白い髪はめったにいないのだ。


 リーシェナはフィオリアがなぜ王位継承者に選ばれたのか分かった。なぜなら、フィオリアは…。

「僕は死王の子どもなんだ」

「………!」

 やっぱり・・・。

 リーシェナは呆然とした。

 白い髪のフィオリアは本当に美しかった。黒髪よりも似合っている。

 そんな美しいフィオリアに熱い目線で見つめられていることに気付いて、リーシェナは恥ずかしくなって思わず俯いた。

「僕の話しはこれで終わり。次はリーシャの話しを聴きたいな。人間の王都で暮らしていたときの話しとか」

「……っ、わかっ、た」

 リーシェナはたどたどしくだが話し始めた。フィオリアと別れたあと、魔女のルリシラを頼って王都へ行ったこと。そこでルリシラと契約を交わし薬問屋を開いたこと。色んなお客さんが常連になってくれたこと…。

 いまだに上手く言葉が出てこないが、それでもリーシェナは一生懸命に話した。それを、フィオリアは真剣に相槌を打ちながら聴いてくれたのだった。

 

 そして、リーシェナは言葉が出なかった理由について話し始めた。唾を飲み込み、フィオリアの顔を真正面から見つめる。

「私は、怖かった…の。…親しい人に、また裏切られる…ことが」

「………」

 リーシェナの顔に影が落ちた。リーシェナは魔女が迫害された時代の話をした。多くの魔女が酷い目に遭ったあの忌まわしい時代は、もう思い出したくもない辛い記憶になっている。そして、いつまでもリーシェナに絡みついて縛っていた。

 

 多くの魔女たちが人間の手によって亡くなっていった。昨日まで笑いながら話していた人が、武器を手に血眼になって魔女を殺す。そんなことが当たり前のようにあったのだ。

 リーシェナは元々、喋るのが得意ではなかった。そして迫害を受けてさらに人と話すことが怖くなった。それなら、最初から人と接しなければもう傷付けられることもない。

 リーシェナが話さなくなったのは他人と交流することへの「無言の拒絶」だったのだ。


「でも、あなたと…出会って、私は…話したいと、思った…」

「………」

「フィオリアと…会えて、よかった」

 リーシェナは涙を目に浮かべながら本当に嬉しそうに微笑んだ。フィオリアも泣きそうな顔で微笑み返す。

 


 フィオリアはリーシェナが何度も口を開いて自分と話そうとしていたことを知っていた。

 そして、フィオリアは言葉が話せない理由のひとつに大きなトラウマがあるのではないかとも思っていた。フィオリアが敢えて指摘しなかったのは、単に都合が良かっただけではなくリーシェナが理由を話してくれるまで待つほうがいいと思っていたのもある。

「リーシャ、話してくれてありがとう。僕もリーシャに会えて本当によかった、本当に・・・」

 静かな空間でふたりは見つめ合った。

 



 臆病だった少女と、運命に翻弄された少年は出会い変わることが出来た。

 少女は過去のトラウマを乗り越え、少年は運命を自分の力で変えた。


 これは、魔女が魔族の少年を拾った物語――。 

​ 完

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